医療関係者の方へ

(1)石綿(アスベスト)曝露歴が聴取できない時の対処の方法

<1> 何度か伺って下さい。

 アスベスト(石綿)を扱ってきませんでした?」という質問で「いいえ」と答えられたから、「アスベスト(石綿)曝露(なし)」と記載している医療関係者が案外います。私も、造船所の様にアスベスト(石綿)と接点のない職種は殆どない様な会社や作業所の方で、最初の日は「アスベスト(石綿)と関係ない仕事です。」と断言される方に何度となく遭遇してきました。肺に吸入されるアスベスト(石綿)は目に見えない小さなものですから、本人の思いこみもあるし、過去の記憶を思い出すのに時間がかかる場合も多い訳です。中皮腫・胸膜肥厚斑・石綿(アスベスト)小体の検出・職業が該当する場合の肺癌に関しては、きちんと職歴を聞きましょう。学校をでてから現在までの仕事を丹念に聞いていく必要があります。1回では難しい場合は、次回に少し履歴を書いてきてもらうと良いでしょう。

<2> 例をあげてアスベスト(石綿)製品の確認をして下さい。

 まずアスベスト(石綿)製品の確認をして下さい。「鉄骨下の吹き付けアスベスト(石綿)」「壁や天井のボード」「石綿(アスベスト)布」等の例をだしながら本人が、アスベスト(石綿)製品を判別できているのかを聞いてみましょう。もちろんそのためには聞く皆さんがアスベスト(石綿)製品の概要をご存知ないと聞き取れません。「あれにもアスベスト(石綿)が入っているんですか?それなら仕事で使いました。」と回答が代わる事がよくあります。

<3> 飛散の範囲を具体的に示しましょう。

 「防熱工は関係したけれど、私は関係ない。」アスベスト(石綿)の飛散の範囲はわずか1メートル位だろうと考えて、自分は関係ないとする人が多いものです。杉の花粉やタンポポが遠くまで飛ぶように、浮遊しやすく落下しにくい石綿(アスベスト)繊維は数十メートル先まで容易に拡散飛散しています。間接曝露の方が大変多くなる訳です。「私はアスベスト(石綿)に関係ない仕事でした。」という方に「あなたの仕事の近く(数十メートル)で、〇〇(ボード)作業の人がいませんでした?」と伺うと「それはいましたよ。」という事が多いものです。

<4> 記憶が不確かな方の場合は?

 ある会社の勤務開始年とか仕事内容自体が曖昧でご本人の記憶が不確かそうな部分があると思われた場合、2度目に外来に伺う前に社会保険事務所で年金の経過の書類をもらってきてもらうと便利です。社会保険事務所で「労災の関係で確認したいので、会社名と勤務期間のわかる年金加入の証明がほしい。」というと、コンピューターで年金加入の経過が打ち出されます。何年何月から何年何月まで株式会社○●との記載がわかりますので、それを基に聞き取りを再開した方が無難だと思います。

<5> タルク他も確認して下さい。

 アスベスト(石綿)がどうも不明の場合で判明するのが、「タルク」やセピオライト、蛭石等のアスベスト(石綿)混入岩石の使用です。以前使用されていたベビーパウダーにタルクが含有していたのは有名です。「タルクっていうベビーパウダーの粉の様なものを工場で使用しませんでした?」という質問で、判明する事もあります。「他の粉じんで気になったものはありませんか?」という質問で判明する事もあります。産業医学的な対応が必要です。

<6> 石綿(アスベスト)関連所見はあるが、職歴が釈然としない場合

 作業歴の調査と労災申請手続きは、アスベスト(石綿)の使用実態と法的な制度に通じていないと簡単ではありません。入院及び外来での治療を続けながら、ご家族やご本人に「中皮腫・じん肺・アスベスト関連疾患外来」の並診を勧められるのも1つの解決策と思います。                   

(2)労災の認定基準が知りたい時

 石綿(アスベスト)関連疾患の労災の認定基準の項目を、参照して下さい。

・肺癌の石綿(アスベスト)関連所見

 石綿(アスベスト)曝露所見の有無では、胸膜肥厚斑、石綿(アスベスト)肺のレントゲン所見、石綿(アスベスト)小体のどれかが極めて明白な場合は、手続きは容易でしょう。例えば、胸部レントゲン写真や胸部CT写真で多くの医師が同意する胸膜肥厚斑、プレパラートで明らかな石綿(アスベスト)小体等の所見がある肺癌の場合は、本人や御家族に労災保険での申請を勧めましょう。それ以下の所見の場合でも可能性はあります。但し、詳細な曝露の職歴、病理所見特に石綿(アスベスト)小体消化試験等も必要となります。

(3)職歴はある程度わかったが、労災の手続きがわからない時

 労災の手続きがスムーズにいかない事が多い理由は、大きく4点あると思います。

 1つには、手続き1つ1つが家族には負担である事です。

 2つ目には会社が協力的でない場合が案外あり、会社の証明欄を記入してもらうのに詳しい人の付き添いなしでは難しい事もあります。「うちは粉じんはだしていない」と証明をしない困った会社も時々あります。ご本人が「迷惑がかかる」という場合も多いでしょう。

 3つ目には、中皮腫や石綿(アスベスト)関連肺癌の申請がまだそれほど多くはなく、労災を受け付ける労働基準監督署等の受理する側の担当者も初めて扱う場合があります。

 第4として医師が書類等の扱いに詳しくない場合を付け加えると、医師、会社、監督署の対応の中で本人や御家族が混乱する事になります。

 詳しい方がお近くにいない場合、ご相談下さい。

(4)肺癌で石綿(アスベスト)小体が見つからない時

1)非腫瘍部の肺のプレパラート1枚で1個の石綿小体が見つかれば、職業性と言いうる位のものです。実際に肺のプレパラート1枚をくまなく探すには、1時間以上もかかってしまいます。現在病理の先生に、肺癌や中皮腫全例にそうしたチェックを行う時間的な余裕はないのが実状です。石綿(アスベスト)小体(−)とされたプレパラートをじっくり見ると、石綿(アスベスト)小体がある事もしばしばあります。職歴やレントゲン等の所見で疑わしい例は、臨床の先生が「非腫瘍部のプレパラート」を見て頂くと良い場合があると思います。

2)プレパラートでも石綿(アスベスト)小体が見つからない場合

 肺のブロックを消化しフィルターに取り、石綿(アスベスト)小体を観察する消化試験という方法が有効です。手術肺や剖検肺のブロックを用いて消化試験を行うと、プレパラートでは0本であった場合でも、かなりの本数の石綿(アスベスト)小体を認め、職業性曝露が確認され、労災認定された肺癌の方も多いものです。消化試験をお望みの場合、実施致しますのでご相談下さい。必要に応じ、電子顕微鏡での繊維の同定も可能です。